リサカプラン

水子供養

日本では中絶や流産の場合、女性は水子という生まれない子供のために供養をしている。他の国に比べると、日本では女性と水子との関係がとても強く、そして大切である。水子供養に対する仏教の影響、水の象徴、水子という言葉の意味と由来、地蔵の像やたたりという概念などは水子が象徴的に「生きている」ということを表す。

まず、仏教によると、他の人を殺すべきではないと教えられている。しかし、寺の僧侶は女性の中絶を認め、その水子のために供養をしている。従って、水子供養は仏教の教えと矛盾するようである。京都の大徳寺に行った時、このことについて、僧侶に聞いた。この僧侶は大徳寺の大仙院の庭にたとえて、答えた。まず、この庭は水を象徴する白い砂がある。この砂がダムをあふれ流れている。この滝の強さは「生命の流れ」に乗る人の精力を表している。そのうえ、この庭は流れに逆らって、泳げない亀を見せている。この亀は人が過去に戻らないことを表している。つまり、「生命の流れ」は前方へ流れ続ける、ということである。この庭は仏教の大切な原則を表している。例えば、仏教では、永遠の死がないということである。大徳寺の僧侶によると、妊娠中絶は最後のではない、とのことである。従って、僧侶はまだ水子供養をしているわけである。例えば、僧侶は庭の「水」や亀などを指しながら、「この水は人の気力のみならず、再生の可能性も表す」と言った。

生命は水のように、出産、苦しみ、死亡や再生などの周期を通して、流れている。生命と水は無常のものである。水の分子のように、仏教は諸行無常ということを表す。水と生命は絶えず流動している。水と再生の関係だけではない。再生の他に、違う道を表す水の他の特徴がある。例えば、水は透明と清浄や天国のような特徴もある。このことは仏陀の最高の道とねはんを表現する。日本では、水子供養について、水の象徴はとても大切なことである。水子という生まれない子供のための言葉は文字通りに「水の子供」という意味がある。水は生産力や肥沃や可能な生存の起源などという意味があるので、この言葉の意味は水子が本当に死んでいないことを表す。

また、地蔵の像も、水子が象徴的にまだ生きていることを表す。地蔵は子供にとって、救済者であり菩薩なのである。地蔵は啓発を認めるかわりに、他人のために、救済し、苦しむ。両親は流産や中絶した子供のために、水子地蔵という像を建てている。観察したことは多くの地蔵や水子供養のための寺は小川の近くにある。この地蔵の像はとてもユニークである。この地蔵の像は同時に二重のイメージが見られる。例えば、地蔵を見ると、僧のイメージのみならず、子供のイメージも見られる。まず、この像は僧のように、禿頭になっている。目はほとんど閉じているので、瞑想と静穏のイメージを表している。このように、地蔵は啓発を追求する一方、子供のサイズでもある。地蔵の顔は平和な顔で、またより無邪気な顔にも見える。地蔵の像に髪がないことは幼児を示す。そのうえ、地蔵は赤いよだれかけをかけている。よだれかけの色は赤いだけでなく、他の色もあるが、赤い方が多いようである。水子供養において、赤い色はとても大切である、まず、生まれたての子供のことを「赤ちゃん」、「赤ん坊」、「赤子」、などと、「赤」という色で表現している。日本歴史館によると、説話では、金太郎は赤い皮膚で本当に強かったようである。従って、日本では、赤い色と力の関係の結びつきはとても強いのである。例えば、私は鎌倉の長谷寺に行った時、赤い粉のようなものが地蔵の全身に振り掛けられているのを見た。「赤」の大切さは日の神「太陽神」崇拝からきたと思われている。「赤い子」は神に守られた生命力に満ちあふれた子供であるというイメージが日本に土着的な信仰になることになった。「赤」というのは太陽の色でもあり、生命があるものの肉体の色、つまり血の色でもある。「赤」というのは力の象徴だけでなく、生命の起源も表している。従って、地蔵の像の赤いよだれかけは水子の再生の可能性を表す。そのうえ、その赤いよだれかけは水子の力というよりも水子がこの世にまだ影響があることを表す。

水子供養について、もっと研究するつもりですけど、今は私の 質問にぜひ答えて下さい。

質問

1.日本では妊娠中絶が一年間に四十万件行われますが、そのことを知っていますか。日本では妊娠中絶の問題が深刻だと思いますか。

2.日本の水子供養について、どう思いますか。日本では、その話題はタブーだと思いますか。

質問へのご意見ご返答は、japan13@haverford.eduに、お送りください。

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