鎌倉時代に宗教の転変があった。ずっと前に人間の仏陀がいらしゃったけど、鎌倉時代で人間の仏陀がいなかった。釈迦が死んだ時からこの時まで仏陀がいなかった。そうしてその空虚を満たすためにいろいろな仏教の中興があった。新しい教派も古い仏教の教派の中興も多くなった。その時浄土宗が大きくなった。この教派の一番位が高い人は法然先生だった。法然先生はすごく賢くて尊敬されていた人だった。いつもいつもいろいろな所で浄土宗の教えを教えた。その教えることとして座禅や帰依や像を拝むことなどについて話した。皆に法然先生が仏教の僧侶の中で一番仏教について知っている人だと思われた。
しかし毎日仏教のことを教えながら、本を書いていた。本の名前は選択集だった。でも法然先生が生きていた時その本が秘密だった。だれも知らなかった。法然先生が死んだ後で本がしられるようになった。その本はいつも教えたことと反対だった。その本の初論でそのことを書いた:これは本当の浄土宗の戒律だ。いつも教えるのは違う。いつも教える理由はもしこの本当の戒律を伝えたらだれも聞かないかもしれない。そうして、いつもその戒律を教えたけれども、それは本当ではない。本当のは、念仏だけだ。もし念仏をしたら成仏出来る。(念仏は何回も何回も仏陀の名前を言う。)その理由はだれも念仏が出来るから、皆が成仏出きる。でもその本で座禅や帰依や像を拝むなど全然だめと言った。
質問
どうして法然先生の本当の考えることは秘密と思いますか。
仏教で念仏は大切と思いますか。
仏教で座禅は大切と思いますか。
念仏と座禅とどちらの方が大切と思いますか。
普通の人間は成仏が出来ると思いますか。
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